丸山進句集『アルバトロス』     湊圭史

丸山進 川柳句集『アルバトロス』 風媒社、2005.

丸山進さんの川柳句集『アルバトロス』(風媒社、2005)を読みました。青と白の装丁がうつくしい本。

前半は、正確な観察をするどく単純化した表現へと定着した句が並んでいます。一句一句の面白さがくっきりとしていて、ほとんど解説を要しない。描かれる対象はサラリーマンの世界ですが、ジャンルとしてのサラリーマン川柳が勤め人の哀感にもたれかかっているのに対して、丸山さんの句では事象の切り取りや抽象化が高度で、視点がそうした慣れ合い感情からくっきりと自立しています。

耐えているベルトの穴は楕円形

結論のところでかすれるボールペン

生き方を探求すればひもになる

鍵穴を覗けば人の目が見える

マニュアルを読むと仕事が遅くなる

この辺りだと切り取りがするどすぎて、客観的過ぎるという読者もいるかも。もちろん、悲喜劇的共感に訴えかけてくる句もたくさん。

新聞を覗かれていてめくれない

あと少しロープが足りず苦笑い

電話では説明出来ぬ犬の顔

父帰る多肉植物ぶら下げて

ほんとうに来ちゃったのかよどうしよう

後半に入ると、句調の転換あり。句作の時系列順なので、丸山さんの句境の変化でもあると見てもいいのだと思いますが、抽象化しつつも現実を離れることがなかった前半の句とは異なって、フィクショナルな次元が導入されてきます。

酒飲むとけものの匂いする手足

万歳をすると頭が空になる

街灯の一つを先ずはそそのかす

私も金魚も色が褪せてきた

ネクタイを全部繋いで月に行く

人によっては難解になったととるかもしれませんね。「酒を飲むこと」と「手足からけものの匂いのすること」の間には大きくはないけれど、逆に微妙なことでとても気になる飛躍があります。街灯をそそのかす、という行為(というか欲望)もふつうの意味では理解できません。が、どの句も生活実感や日常の風景の肌ざわりに根ざしていて、現実を一皮むいたところにある私たちの感情の基盤が
急に目の前に突きつけられた感じがします。

覚えてろと言われたので覚えてる

お湯を見てと言われてじっと見てるお湯

友達をある順番に並べてる

これがまあ進化してきた人の顔

橋桁になぜ惚れたのか分からない

「お湯を見て~」の句にある放心の感覚や、「友達を~」の句の自動化した心理状況には、外側から自分を見つめる冷静な意識と
それでもどうにもならない感情生活への諦念があって、単なるおかしみではない、どこか怖さも感じる句となっています。前半の句にあった「うがち」が内面へと切り込んで、さらに後半の句になると、こうした「うがった」内面を自動的な受動性から浮き立たせ、切り返しを行う句が出てくる。

乾かないように葉っぱの裏にいる

真剣にトイレ探しただけの街

電子辞書で妻という字を拡大す

道々に口に出せないものを置く

寝転んでいたら誰かが拝んでる

前半・後半というかたちで書きましたが、最初期の句が1996年、最後の句が2004年ということで、じっさいには句作の時期は8年ほど。それを考えると、ここに見られる変遷のスピードはかなりのものであることが分かります。ご退職など生活環境上の変化もあったのかなと推測しますが、言語表現としての深化にそれをつなげるのは、至難なことのはず。

と、くそマジメに書いてきてしまいましたが、

追い詰められてブラジャーの真似をする

なんて句も(笑)。もちろん、楽しみながら読める句集なわけです。

(湊圭史 ブログ「海馬」2009/10/21から転載)

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