『岩村憲治川柳集』(と飯田良祐の句)    湊圭史

自分が句(あるいは詩)をひとつひとつ書いていって、いわゆる私固有の文体に至ることはあるだろうか、と考えて、たぶん無いだろうな、少なくともしばらく前の詩歌にあるようなかたちでは、と答えを出している。

       暗い薔薇・十句
心中へ薔薇咲く 石の靴をはく          岩村憲治

水を汲む くらい火となる水を汲む

醒めたいぞ 地上で失くす蒼い耳

火事をみる風化する手よ街の手よ

ふところにナイフ棲む日の歯が臭う

貝殻のなかの小さな空に酔え

絶望の傘は風呂屋へおきにゆく

ぼくら逃亡 海がなければ海創る

どこかで死が動くおもたくなる箸め

罪あれば狐を憑かせ生きまくれ

     岩村憲治『岩村憲治川柳集』(2004)より

群作形式で書かれた川柳。薔薇や石、海といった詩歌においてはよくある語彙を用いながら、一般的な象徴にはなりえない不透明さ、重さを各句において担わせている。否定性を軸としたロマンティシズム、身体部位を用いた実体感の付与などによって、単なる「私語り」ではない作品としての作品たりえていると思う。作者の伝記的事実をあとがきなどで知りえないわけではないが、それとは別に、外界によって限界づけられる感覚に自己を確認する、その姿勢は十二分に伝わってくる。

この「私語り」に留まらない「私」も、ただし、どこか遠いものに今の私には見える。一句にかならず凝集するわけではないものの、
上の群作、そして岩村憲治の句にほとんどの場合感じられる重さは、句やそのなかの言葉より外に、前に存在する「自己」というものであろう、と思われるのだ。書きつつある自分には不可知のものであれ、句を書く行為によって実体を表している「自己」がある、という信念があるのだろう。これらの句の言葉はその「自己」(への信念)を核として、その重力によって寄せ集められている・・・。

対して、次のような句は確かにこの作者にしか書けないのではないか、と思わせられるものの、岩村の句に感じられる核としての「自己」が、すでに成立しない場所で書かれたのでは、と思われる。

ビニール袋の中のカサカサの勃起   飯田良祐

母一人子一人で棲む腋の下

迂回路にキュウピイさんの行きだおれ

パチンコは出ないしリルケ檻の中

    石部明「架空の動物園ー飯田良祐の断片」(川柳MANO9号)から引用
    http://ww3.tiki.ne.jp/~akuru/mano-12-ishibe02.html
         

これらの句に用いられた言葉はぶっきらぼうに、ふとした偶然に、場合によっては強引に拉致されて、そこに収められているように見える。しかもそれぞれの句はそのことを隠そうとするより、言葉と言葉の摩擦やすれ違いをむしろ強調する方向で開かれたまま、放りだされている。

ふたたび戻って、『岩村憲治川柳集』から好句を拾うと、

薬の彩が美しいかるいかるい熱      岩村憲治

転轍手斃し地獄を見にはしる

檻の明るさで日曜大工の椅子生れる

ピアノに死者ロンロン哭かせ橋を生む

落ちる鳥のああああ吊革の手の俺は

めまい来る 鳥語自在な幼児みて

岩村、飯田ともにどこか「絶望」を感じさせるが、それが寄って立つ基盤がまったく異なるのが分かるだろう。また、その効果も違う。岩村の絶望が「自己」の自立性を作品の背後にこめることに役立っている、ある意味では最終的にみずからの手のうちを個人的象徴の不透明さのうらに隠すことになっているのに対して、飯田の絶望ではそうした自立性が成立しないのである。自分のうちのうちなる言葉さえもあまりに明瞭な、吹きっさらしの場所にあって、「自己」があるとしてもその時々の言葉やイメージの軋みとしてしか表出されえないのだ。

時代でも、個人的な資質でもあるだろうが、私は、岩村の句にも惹かれつつ、とくに作句の立場で飯田のポジションに共感し共鳴する。共鳴しつつ、吹きっさらしの言葉にも明るさややわらかさを含ませることはできないかと考える。ただし、それは作品の背後に何かを隠すことではもうできそうにないし、だとすれば、どうすればよいのか?

(湊圭史  ブログ『海馬」2009/07/17から転載)

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