バヤリースの淵に蛞蝓直立す       くんじろう

『バックストローク』vol.35 より。

バヤリースは今年で発売60年を迎えたアサヒ飲料のロングセラーのオレンジジュース。ここではバヤリースの鮮やかな、というかいかにも人工着色料を使っていそうな感じがするオレンジ色のペットボトル(缶もあったか)のことだろう。その開いた口のところまで登りつめたナメクジがすっくと直立している。写実としてもムリのない内容であり、少なくともヒントとなる実景があったことを伺わせる。

しかしながらこの景は、ふつうの意味では書き残すべき価値があるとは考えられない。「蛞蝓」のがんばりに感情移入してくれ、というのも、どうやらムリであり、句のあっさりとした仕立てもそれを望んでいるようには思えない。この「蛞蝓」はあくまでも台所にあらわれた招かざる生き物であり、それ以上でもそれ以下でもない。「直立」したポーズもこの生き物に注目がいく理由にとどまるようだ。

では、この句の面白みはどこにあるかと言えば、句の前半の言葉の選択にあると見たい。「バヤリース」の「淵」という表現は、例えば「瓶」の「口」などと言っても写実的な景としてはそれほど変わらないはずだ。そこを「バヤリース」という具体的限定が私たちの生活のなかの体験との連続を喚起し(「瓶」であれば景として純化されるだろう)、「淵」によって過剰な擬人化を引き起こさない程度に、読者を「蛞蝓」の置かれた状況へと引き寄せる。

「バヤリースの淵」という表現はもちろん時代的限界を背負っているが、まさにそのことによって、生活感に基づいたリアリティと「蛞蝓」の異物性(「バヤリース」の片仮名表記との対比で、この漢字表記は効果的だ)を保ち、この一つの景を安易な解釈によって擬人化しきることができない違和として突きつけることに成功しているのである。

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