燕は梵字のやうに飛んで行  『誹風柳多留』より

『俳風柳多留』六・18。燕=つばくら、梵字=ぼんじ、飛んで行=とんでゆき、です。

柳多留の句の中で、個人的にいちばん好きな句のひとつ。ツバメが空を飛ぶ、その様子を「梵字のやうに」と明喩をつかって形容することで、春の駘蕩とした空気が感じられる。この句などをみると、俳句と川柳の違いが季語の有無ではないということははっきりする。「燕」にしっかりと季感が出ていて、かつ、俳句(発句)とは異なる詩情がみごとにとらえられている。

この柳句と一緒にいつも思い出す発句があって、それは与謝蕪村の「ほととぎす平安城を筋違に」。こちらは季語は「ほととぎす」(夏)。面白いなあと思うのは、「燕」の句は背景に関東平野の広々とした、富士山まで見える広がりを感じさせ、蕪村の「ほととぎす」は京都盆地の山に囲まれた狭さを、その暑苦しさとともに「筋違に」で表現し切っているところ。

川柳は風刺やベタな滑稽、という通念があるが、この句や「まつすぐな柳見て居る暑い事」(『柳多留』十二・23)などをみると、俳句とは違った意味での写生がひとつの大きな魅力であることが分かると思う。また、『柳多留』の句の魅力は、そうした写生が「逃水を追つつまくつつ家を建て」(九・22)、「江戸中を越後屋にして虹がふき」(二〇・17)のように、生き生きと広がりゆく新興都市・江戸がみずから発見した詩情を無理なくとらえているところにある。

(湊圭史)

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。