白夜行 百物語 自傷の樹     吉澤久良

 吉澤久良「川柳八句」は、三つの語句を並べたかたちを実験している。このかたちの句に一定の読み方はない。575の型式(川柳も俳句も)の中では二つの事柄を取り合わせるかたちが多く、そこに読みの(そして創作の)ある程度固定したパターンがあることに対して、それ以外の可能性を探っていこうという意図があるだろう。
 上は最初の一句だが、「白」「百」「自」の三文字の類似による言葉遊びと、三つの語句から引き出されてゆくどちらかと言えば重めのテーマがぶつかって、面白い効果を生んでいる。それだけで十分であるのだが、このかたちが促している積極的な読者による参加を実践させてもらえば、「白」は無あるいはゼロの状態、「百」はそれとちょうど逆に過剰、そして「自」は一、アイデンティティをさすと読むことができる。さらに一歩進めれば、「虚無的な状況に情報が飛び交う中で、自らの傷のみを頼りに立ち尽くす」現代人の姿が見てとれるかもしれない。
 「かもしれない」というのは、私は句の中の三つの語句をひとつの論理的展開をもって読みこんでいるのだが、もっと自由に、三つを並列的に読むということも可能だろうからだ。八句の最後の句、

 繭の痣 接着する指 ガラスの象

この句も成功していると思うが、ここでは、上の句で最後の「自傷の樹」に読みの着地点を求めたようには、「ガラスの象」へと前の二つの語句を落ちつけることは困難である(無理すればできないことはないが)。三つの事象の取り合わせからなるかたちは、むしろ二つの事柄から引き出した読みを残りの一つが裏切るところにスリルがあり、そこに読者にとっての楽しみもあるだろう。

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