川柳七句      飯島章友

 

少年が押さなくなったⓇボタン

しりそめてからの肉叢苦くなる

Re:がつづく奥に埋もれている遺体

ゆっくりと血の数式に解かれゆく

パイ包み割ると匿名掲示板

あなたからてのひらに独楽移される

家族会議 かつて蟹・雲・袈裟でした


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One Response to 川柳七句      飯島章友

  1. 吉澤久良 より:

    しりそめてからの肉叢苦くなる
    ゆっくりと血の数式に解かれゆく
    Re:がつづく奥に埋もれている遺体
    相手は不特定の他者ではなく、一人の「あなた」である。「あなた」との関係がこのようにとらえられている。「肉叢」が「苦く」なっていき、作中主体もしくは「あなた」(もしくは両方とも)は「ゆっくりと血の数式に解かれゆく」。関係が希望をもたらさない。暗い情念におぼれていく。その応答の果てに「遺体」が残される。「埋もれてい」て、見えないはずの「遺体」を掘り起こす作業が、「あなた」との関係であるかのようだ。梶井基次郎が「桜の木の下には死体が埋まっている」と言ったが、梶井の言葉には、桜に対する感嘆とそれと同量の反感があったと思う。しかし、この三句にはアクティブな心の動きがない。徐々に腐敗し、風化し、忘却される、無への志向のようなものがある。希望を持てない現代社会の情況を暗示しているのかもしれない。ややひっかかったを二点。「苦くなる」というストレートな措辞はもう一工夫できたかもしれないなあということ。もう一点は「ゆっくりと」と「ゆく」は重複の感があること。
    あなたからてのひらに独楽移される
    「あなた」から手渡された「てのひら」の「独楽」は、当然のことながらいつか止まる。自壊していく精神、あるいは人間。読後感として残るのは、その自壊を冷ややかに見つめている主体。冷ややかさは主体の意志ではない。いわば選択の余地なく押し付けられたものだ。そしてそれが拒否できないことを作者も読者も感じているのだ。この句の体感温度の低さはそれが原因だろう。
    パイ包み割ると匿名掲示板
    「Re:がつづく」とそこにはまだ「遺体」という到達点が用意されているが、「パイ包み」を割っても到達点はない。不特定多数を対象の「匿名掲示板」は一点に収束することができず、虚無のような闇に飲み込まれていくだけだからだ。その意味で、この句は「遺体」の句よりさらに深いレベルで救いがない。
    家族会議 かつて蟹・雲・袈裟でした
    家族会議が「かつて蟹・雲・袈裟」であったのなら、今は何なのだろう。句語として「蟹・雲・袈裟」は動く。例えば「虎・砂・塔」でもいいわけだ。しかしこの句の場合、句語が動くことは傷にならない。「家族」が以前においてすら不可解な集まりであったことを充分に語っているからだ。

    Ⓡボタンを押さなくなった少年の、いわば外界への働きかけをやめた少年の孤立。
    関係を持とうとした「あなた」への不充足。
    そして、「掲示板」「家族会議」への追放。
    このような構成で構成された七句である。

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